岡田斗司夫~動画投稿サイト著作権についての見解~(抜粋)
後ろのガンダムの話は至極まっとう。
前半の「中間搾取や財閥の利益」という話は無茶苦茶。(スポンサーが集まらないと、クリエイターが労働を集約して大規模なものを作れないことは、そもそも岡田氏が一番よく知ってるはず)
でも、「角○とバ○ダイが嫌いです」と全力で主張していると思うと、両方がひとつにまとまって見えてくるんだ。
(via kasmi-nuko)
「出口がない」「権利者は誰」――初音ミク2次創作の課題 - ITmedia News
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何言ってるの。この件はレッシグ教授が明快に答えているだろう。
レッシグ先生は「お金出すならそれ営利でしょ」と仰っていた気が。同人関係のライセンス作成を考えていた時に、営利・非営利のライセンスの在り方についてレッシグ先生に質問をした記憶がある。
http://blogoscoped.com/archive/2008-02-07-n77.html
にて
Lessig: yes, the CC organization believes this being OK is the best reading of the license. Not that they’re saying you’re allowed to directly sell the CC content or anything, but you’re allowed to display ads if you use CC-NC content. But it’s also a matter of how you display ads, Lawrence disclaims, saying that there could be certain advertising schemes that take it too far.と仰っていますね。 (via nakano)
[犬猫スレが立つ]
猫派┬ねこ可愛いよ派 [普通に猫の良い所を褒める。単発IDで終わる事が多い]
├ぬこ可愛いよ派 [ねこ可愛い派の発展型。マイフォルダに猫の画像がたくさんある。言動から倦厭されやすい]
├イヌ否定派 [猫の良い所を上げつつ犬を否定する。しかし本人は犬を飼った事が無いので想像の範囲を出ない]
├イヌの飼い主憎悪派 [犬より、犬の飼い主を中傷する。人格攻撃がメインだが、本人の人格もかなりヤバイ]
└ぬこはうんこしないよ派 [飼い易さをアピールして、猫仲間を増やそうとする一派]犬派┬イヌ可愛いよ派 [普通に犬の良い所を褒める。ただし単発で終わらないで2~3レスしてゆくのが普通]
├イヌは家族派 [実体験を交え、イヌの家族ッぷりをアピールする。いい話にも関わらず、大抵聞き流される]
├猫否定派 [猫の爪とぎや、オープン飼育にケチをつける。しかしイヌ否定派よりは圧倒的に少数]
├猫の飼い主憎悪派 [人格攻撃してくるイヌ飼い主憎悪派に対して現れる。この二派が暴れるとスレが加速]
└バター犬派 [性的対象として犬をとらえるアブノーマルな一派。ケモナー率高し]中立派┬どっちも可愛いよ派 [犬、猫と双方の良い所を褒める。両方飼っている者に多い。スレ一番の識者]
├どっちも嫌い派 [臭い、汚い、煩いの一点張り。ここから虐待派へと発展するケースがある]
├虐待派 [グロ画像、虐待コピペと両者の嫌がる事を率先して行う。愛なんかいらねーぜ]
└生物を飼うなんてエゴだよね派 [最終的に肉を食べるのはイケナイよねに落ち着く。最近では無視される傾向にある]その他┬鳥派 [突然鳥の良さをアピールし始める。面白いのが多い]
├魚派 [金魚に始まり、川魚全般、熱帯魚へと話を進める。乗ってくる者が居ないため、自然消滅しやすい]
├ハムスター派 [猫派にからかわれる存在。やがてビルメンの話へと発展]
├ウサギ派 [公園で遊んでいる中、想像を絶するスピードで逃げたりと、実体験が意外と面白い]
├その他小動物派 [マニアックな動物の例を挙げる。大抵、飼育願望で終わることが多い]
└昆虫カッコイイよ派 [カブトムシやクワガタの話を展開し始める困った存在。微妙に盛り上がったりする]
「惰性派」と「腐れ縁派」がほしい気がする。
七年も飼ってると、感情が熱い時期もあれば倦怠期もあるよ。冷め切ったけれど捨てられない、なんとも言えない時期もある。
そんなとき、犬がまだ自分を見上げて寄ってきて尻尾を振るから、心変わりが情けなくなったり、愛情や忠誠について考えさせられたりする。
だから私は犬派(腐れ縁派)。
via blog109.fc2.com
2008-01-26 - NaokiTakahashiの日記
高二病的リアリズムを、自己の肥大と同じく決定づけている柱。
自己の肥大化は、加齢による失望で、自然に空気が抜けてゆく。
けれど、後ろ向きの自己肯定(過剰にネガティブなリアリズム)からは、自然にはなかなか抜けられない。卑屈な高校生が、卑屈な若者になり、卑屈なムラびとになるのはとても簡単だ。